hiroパパのコラムの最近のブログ記事

質の高いおもちゃはどれだけあっても多すぎることはないと思っている私ですが、家計やスペースの都合で、なんでもかんでも手に入れられないのが現実です。
おもちゃ好きとしては、流行りのおもちゃや、高級(かつ良質)なおもちゃも、知識としては知っています。
目をつけているおもちゃもたくさんあって、いざ購入するとなると迷ってしまいます。

実際に購入目的でおもちゃ屋さんに足を運ぶのは、誕生日とクリスマスくらい。
年に2回とはちょっとさみしいですが、その分、1回1回のおもちゃ選びはかなり真剣です。

そこで、この頃は、おもちゃ選びの基準を明確にしています。

それは、『今のhiroが興味を持ち始めていることとつながっていること』。

おもちゃありきではなく、hiroありき。
当たり前のことですが、赤ちゃんの頃には気付いていませんでした。

しかも、すでに好きなことやできることではなく、興味を持ち始めていること。
これでかなり選択肢は絞られます。

hiroのことをあらためて見る機会にもなり、おもちゃを買う機会は私にとっても重要なタイミングです。
ちょっと気が早いですが、そろそろクリスマスシーズン。
私のhiroを見る目が鋭くなります。

「敏感期」という言葉を聞いたことがある方も多いと思います。
モンテッソーリ教育のキーワードの一つです。

私はモンテッソーリ教育に傾倒しているわけではありませんが、
この「敏感期」を知ったことは、自分の子どもとの関わり方に自信をもたせてくれました。

私は、「敏感期」を、子どもがエネルギーが爆発させる時期だと捉えています。
子どもの内面から湧き上がる興味関心に、自ら全力で取り組むときです。

幼児期の子どもは、出来もしないのにいつまでもモタモタと何かに取り組んでいたり、
あれやこれやと、しつこく言葉を発してきたり、
大人から見ると理解に苦しみ、困ってしまうようなシーンもあります。
そんなときは、ついイライラしてしまうこともあるでしょう。

私の場合、たまたまhiroに難しい障害があったという事情も手伝ってか、
「とにかくhiroをよく知りたい」という欲求を自然にもつことが出来ました。
不可解な行動やモノゴトへの執着、出来ること出来ないこと、
したいと思っていることや興味のないこと……。
その時期、その時々のhiroの様子をよく知りたい、と考えて接することが当たり前だったので、
ぐずったりモタモタしたりする場面は、
イライラするどころか、むしろ発見のチャンスだと思えました。

「敏感期」の大切さは、モンテッソーリが語っていますが、
私はそこを深く理解しているわけでもなく、固執もしていません。
ただ、「敏感期」を知っていると、子育てが楽になるかもしれない。
そう思って、「敏感期」と取り上げました。

子どもの内なる思いが認められ、
穏やかに見守られる子どもが増えたらうれしいなと思います。

我が子のことをよく知りたい。

今なにが好きなのかな? 先週と違うことはあるかな?
笑いのツボはどこかな? どうしてグズグズするのかな?
これはできるかな? まだ難しいかな? やる気がないみたいだな。

と、とにかくhiroのことを知りたいと思って、よ〜く見るように心がけている。

hiroの成長がゆっくりだからか、行動のひとつひとつがスローだからか、
よ〜く見ていると、実にいろんなことがよく分かるような気がする。

まったく気のなかったおもちゃで突然遊びはじめたり、
機嫌が悪くなるポイントが、期間をおいて変化したり。
私にとって不可解な行動も、気長に見続けることで理解できることもある。

基本的に、hiroのすることを静止しない。
意味不明な行動こそ、とことん付き合うと、最後に大きな発見がある。
やりきったことに満足し、喜びにあふれた表情も見ることができる。

子どもをよく見ること。
限られた時間しか過ごせない父親だからこそ、ずっと続けていきたい。

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